強制退去とは
強制退去とは、根拠と強制力をもって賃借人(借主)に物件から出ていってもらうことです。
強制退去には根拠が必要
根拠が何もないのに賃貸人(大家)の都合で強制的に賃借人を退去させることはできませんので、退去にあたっては裁判での勝訴判決に基づく「債務名義(それに基づいて強制執行ができる文書)」など、何らかの根拠が必要となります。
強制退去の執行の条件
強制退去させるためには前提として
「確定した勝訴判決(『賃借人は建物を明渡せ』などの文言がある)や和解調書に基づいて強制執行の申立てをする」
ことが必要になります。
たとえば家賃滞納している賃借人に出て行ってもらうことが目的で起こした裁判に勝つためには、短期間、少額の滞納程度では普通なかなか認められません。
通常、賃貸借契約を終了させるためにはこのような事由が必要とされます。
①契約解除(双方の合意があるか、もしくは信頼関係破壊による一方からの解除)
②(契約期間終了1年~6か月前迄に通知すること、そして正当事由が必要)
①は当事者の合意がないのであれば賃借人が契約違反をしていることが前提です。
②は賃借人の契約違反がない場合も含まれますが、「更新しないことにつき正当事由が必要」という別のハードルがあります。
裁判になった場合、契約を終了して明渡しを求めることができるかどうかは本当にケースバイケースなのですが、最低限必要とされる目安があります。
長期間の滞納
家主としては、1ヶ月でも滞納すればやはり不安になり、他の賃借人を入れたいと思うのも無理はないのですが、現在の法律では賃借人の立場が強く守られている状態です。
よって、滞納を理由とするのであればまとまった期間が必要になってきます。
明らかに支払いの意思がない
交渉によってはまだ支払ってくれる余地がある場合には、なかなか明渡しまで求められないことが多いでしょう。
たとえば一時的な病気や失業等であれば改善の余地もありますが、賃借人の対応に誠意がなく、今後も明らかに改善の見込みがないという場合であれば明渡しを求めることができる可能性もあります。
貸主と借主の信頼関係の破綻
賃貸借契約にまつわる裁判では「信頼関係破壊の法理」という言葉がよく使われます。
これは、契約解除を求めるにあたり「解除は必然的なのか」を判断する基準として
「賃貸人、賃貸人両当事者の信頼関係が破壊されたとみるだけの背景があるのか?」
を個別に見ていくというものです。
強制退去の執行ができないケース
ここまでに説明したように、借地借家法では賃借人が強く保護されているという事情があります。
つまり、強制退去が認められないことも多々あるということです。
家賃滞納が一時的
上記のように、1ヶ月や2ヶ月程度の家賃滞納では他によほど悪質な事情がない限り、なかなか建物明渡請求が認められることはないでしょう。
貸主が借主に対して不利な行動をした場合
賃貸人は賃借人の家賃滞納の場面での対応に気をつけなくてはなりません。
いくら賃借人が契約通りに支払わないからといって、賃貸人が法に基づかずに何をしても良いというわけではないのです(自力救済の禁止)。
賃貸人側が勝手に鍵を交換して家に立ち入れないようにしたり、賃借人の所有物を売却してしまったり、賃貸人の義務である修繕を怠ったりすれば、むしろ賃貸人の方が訴えられることになる場合もあります。
強制執行の前にすべきこと
では、滞納の状態が続いている場合に賃貸人がするべき正しい対応とはどのようなものなのでしょうか?
いきなり強制執行することはできない
上記のようにいきなりの強制執行は認められず、まずは任意の交渉(話し合い)からということになります。
家賃滞納者への支払い交渉
これは賃貸借契約に限らず、交渉ごとのセオリーともいえるものですが「最初は穏やかに」ということです。
滞納者がどのような態度に出るかわからないうちに内容証明など強い手段を取ってしまうと相手の態度を無駄に硬化させてしまうおそれがあります。
よって、ひとまず電話や通常の郵便などを使い、相手を気遣う言葉も入れつつ「現在、どんな状況か?」を尋ねることが大切です。
この段階で賃借人側から現状や滞納解消の見込みへの説明があり、賃貸人も納得できるのであればそれに越したことはありません。
強制退去の流れ
賃借人側の対応に誠意が見られなかったり、そもそも対応すらしてくれようとしない、連絡が取れないなどであれば少し強い内容に切り替えていく必要があります。
立ち退き交渉の流れやポイントについては以下にもまとめています。

配達証明付き督促状&内容証明郵便の送付
最初の督促状は普通郵便でも良いのですが、その先の訴訟にも備えて証拠を残す形にするのであれば内容証明を利用し、配達証明のオプションサービスをつけて送付した方がよいでしょう。
明渡し請求訴訟&未払い賃料請求の提訴
督促状を出しても功を奏しない、話合っても埒があかないようであれば、いよいよ訴訟の提起となります。
不動産に関する訴訟については「訴額」に関係なく、簡易裁判所と地方裁判所のどちらにでも提起することができます。
原則的には「被告の住所地」の裁判所が管轄となります。
建物明渡請求訴訟を提起する際には、滞納賃料についても同時に訴えを提起するようにします。
強制執行申立て
裁判に勝ったとしても、それですべてが解決するということではありません。
勝訴判決を得られたり、和解調書(執行文つき)をもらったとしても、裁判所が勝手に明渡しを実行してくれるわけではありませんので、立ち退きを現実化させるためには
・賃借人が任意に退去してくれる
・賃貸人が別途「強制執行」の手続きを申立てる
のどちらかが必要です。
裁判や和解によって得られたのはあくまでも「強制執行を正当に申立てられる権利」に過ぎないということです。
裁判所からの立ち退きの催告
強制執行
賃借人が判決後もなお物件に居座っている場合は、最後の手段として「強制執行」に踏み切ります。
建物明渡しの強制執行手続きが裁判所の執行係に申立てられると、執行官(裁判所職員)が明渡しの対象となる不動産に出向きます。
玄関チャイムを鳴らすなどしても本人が出てこないことも多いため、その場合には同行した「解錠技術者」が鍵を開け、占有を確認した上で「公示書」という書面をドア等に貼り付けます。
賃借人に対して「催告書」の差し置きも行われます。
公示書には、次のような内容が書かれています。
・執行官により本日、明渡しの催告がされたこと。
・明渡しの期限と、それまでに明渡さなければ強制執行を実施すること。
・占有移転を禁止すること。
・もしそれに違反して占有移転した場合は次の占有者に対し強制執行ができること。
この手続きを「催告」と呼びますが、催告の時点で申立人は、「執行補助者」と呼ばれる業者を準備して室内の残置物の搬出や処分の方法などを検討しておきます。
催告から1ヶ月以内の日に任意の立ち退きがされないと執行官が現場に再び出向き、いよいよ強制執行が「断行」されます。
この日に残置物が実際に搬出、処分されますが、高価品等については一度倉庫に保管した上で売却されます。
このように、通常は催告⇒断行の順で行われますが、物件の状況によっては同日に行われるケースもあります。
強制退去にかかる費用
では、強制執行にかかる費用は実際にいくらくらいなのでしょうか。
費用の相場
賃料の催告や訴訟の段階を除き、「強制執行だけにかかる費用」を見てみましょう。
ワンルームで約40万円~約60万円くらい、一軒家になると100万円くらいの金額がかかります。
(弁護士を入れた場合の報酬は含んでいません)
費用の内訳については下に説明します。
ただ、これは部屋の残置物の量などによってもかなり違ってくるため、ケースバイケースとなります。
いずれにせよ、訴訟~明渡しまですべてを行うと賃貸人側の負担は相当なものになるのがわかります。
費用の内訳
金額については大まかなものになりますが、ワンルームの例ですとこのような内容となります。
・動産執行、明渡執行予納金 約10万円
・解錠技術者(催告日、断行日) 約5万円
・執行補助者、作業員(催告日、断行日) 約15万円
・運搬用車両 約5万円
・残置物保管費用(月) 約5万円
もし明渡し執行について弁護士を依頼した場合、別途報酬がかかってきますが、これは各事務所により基準が異なるため、見積もりを依頼してから依頼するとよいでしょう。
なお、最初の内容証明による賃料の催告~強制執行までセットにしたプランを設けている法律事務所もありますので、相談の上で比較検討してみましょう。
強制退去はあくまで最終手段
賃貸人としてはやはり滞納されると非常に不安になるので「一刻も早く出ていってもらい、ちゃんと支払う借主に入居してほしい」と思うことでしょう。
しかし、上に説明したように、明渡しを執行するまでには膨大な労力、そしてお金がかかるため、そう簡単なことではありません。
残置物の中でお金に換えられる物を売却などしたとしても到底補いきれず、賃貸人が多くを負担しなければならないことになるケースもあります。
賃借人自身の態度が非常に悪い、逃げ回っている、近所に迷惑をかけている等の悪質事例ではないのであれば、極力話し合いでの解決を試みる方が賃貸人側にとっても金銭的メリットがあるということを覚えておきましょう。
まとめ
・家賃を滞納している賃借人であってもそれが軽微であればすぐ賃貸借契約を解除することはできず、賃貸人が勝手に鍵を開けて立ち入ったり、荷物を運び出してしまえば賃貸人側が罪に問われることもある。
・強制執行を行い退去させるには前提として「確定判決」「和解書」など「債務名義」と呼ばれる書面が必要になる。
・強制退去をさせるための費用は数十万円~100万円と非常に高額であるため、これは話し合いを尽くした上での最後の手段と考えるべきである。