相続税の基本
最初に相続税の基本を確認しておきましょう。
被相続人(亡くなった人)名義だった財産(不動産、現金、預貯金、自動車、有価証券など)などをすべて足していくらになるか?によって相続税がかかるかどうかが決まりますが、一定の金額までならそもそも申告の義務もありません(相続税の基礎控除)。
基礎控除の計算式は以下のようになります。
なお、被相続人が保険金を支払っていて受取人が指定されている死亡保険金や死亡退職金などは相続人の間で分割される相続財産には入らず、受取人が「固有の財産」として受け取ることができます。
しかし、これらは相続税計算の際には算入されるという点に注意が必要です(みなし相続財産)。
小規模宅地の定義
相続財産をすべて足して基礎控除を超えてしまった場合には「死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内」に申告と納税を行わなければなりません。
たとえば1月6日死亡の場合は11月16日までとなりますが、この期限までに原則「現金で」納付しなくてはならないため、財産構成が不動産ばかりのケースでは非常に困ります。
何の対策も行わないと「自宅や店舗を売却して納税資金を捻出する」といった最悪の事態になりかねないのですが、それを避けるために有効な対策が「小規模宅地の特例」です。
ではまず、その対象となる宅地の要件を確認してみましょう。
宅地の要件
小規模宅地の特例を受けられる対象の宅地とは、大きく分けて「居住用宅地」「事業用宅地」に分かれますが、次の要件を満たすことが求められます。
・被相続人または被相続人と生計をひとつにしていた親族が居住用または事業用として使用していた宅地であること
・その宅地の上に建物や構築物があること
小規模宅地の特例とは
では、小規模宅地の特例を使うとどのようなメリットがあるのでしょうか。
メリット
小規模宅地の特例を使えば、条件にあてはまる宅地の「相続税評価額(相続税計算の基礎になる金額)」を50%~80%と大幅に下げることができ、結果的に税額もかなり圧縮されます。
宅地の種類と特例を受けるための条件
なお、どの宅地であっても、「相続や遺贈により取得した人(相続人や親族以外でもOK)」が取得した場合に受けられます。
・「居住用」として特定居住用宅地
・「事業用」として特定事業用宅地、特定同族会社事業用宅地、不動産貸付用宅地
がありますが、それぞれに求められる状況、取得者の条件や適用される面積と減額の割合をまとめると次のようになります。
宅地の種類 | 宅地の状況 | 取得者の条件 | 適用面積 | 減額割合 | |
居住用 | 特定居住用宅地 | 被相続人が住んでいた宅地
または 被相続人と生計を一つにする親族が住んでいた宅地 |
【優先順位】
1.被相続人の配偶者 2.被相続人と同居の親族(申告期限まで引き続き住み、所有していること) 3.被相続人と別居の親族(相続開始前3年以内に取得者や配偶者名義等の家に住んでおらず、過去にその家を所有したことがないこと。取得後、申告期限まで所有していること) |
330㎡ | 80% |
事業用 | 特定事業用宅地 | 被相続人が事業を営んでいた宅地
または 被相続人と生計を一つにする親族が事業を営んでいた宅地 |
親族が事業を引き継ぎ、申告期限まで所有し、事業を営んでいること。
事業を始めたのが相続開始前3年以内でないこと(ただし、その土地にある建物や設備などがその土地の評価額の15%以上の場合は可)。 |
400㎡ | 80% |
特定同族会社事業用宅地 | 被相続人(または生計を一つにしていた親族)が株式の過半数を所有する会社(いわゆるオーナー会社など)の事業で使われていた宅地 | 取得者が事業を引き継ぎ、申告期限まで所有し、事業を営んでいること。 |
※事業用のうち事業の内容が不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業の場合は「貸付事業用宅地」となり、対象面積が200㎡、減額割合が50%となる。
小規模宅地相続時の価値算出方法
では、宅地を相続した時の基本的な計算方法と、小規模宅地の特例を適用できる時にはどのような計算式になるのかを確認してみましょう。
計算式
相続において宅地を評価する方法は「路線価方式」と「倍率方式」の2種類です。
「路線価」というのは、その宅地が接する道路につけられた1㎡辺りの価格です。
路線価図は税務署や国税庁HPで見ることができます。
例えば「510C」と表示されている道路に面している土地は1㎡あたり51万円ということになります。
アルファベットは「借地権」の場合に何パーセント評価が減額されるかの割合を示しています。
単純に計算すると
「土地1㎡当たりの価格(路線価)×土地の広さ」
となりますが、実際には土地の形状により金額に補正をかけることがあります(画地調整)。
なお、路線価がない土地の場合には倍率方式を用いますが、こちらの計算式は
「固定資産税評価額×倍率」
となります。
倍率についても国税庁のHPで見ることができます。
もし、小規模宅地等の評価減の特例を使える場合には
「特例を適用する前の宅地の評価額ー(相続する宅地の評価額×減額割合)」
の計算式にのっとって評価額の減額を受けます。
※自分の土地についての詳しい計算方法は税務署、税理士に必ず確認してください。
特例を受けるには申請が必要
小規模宅地の特例を受けるためには、必ず税務署に対し「本来の相続税を軽減したいので特例を使いますという意思表示=期限内の相続税申告」が必要です。
相続税の申告が必須
上でも説明しましたが、基礎控除を超える相続財産がある場合には「死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内」に申告と納税を行わなければなりません。
もし、そもそも相続財産全体をカウントしてそれでも上記の「基礎控除」を超えない場合は「相続税申告自体」が必要ないのです。
しかし、「小規模宅地の特例を適用できるなら税額が0円になるという場合には相続税申告しなければならない」ことを忘れてはなりません。
相続税の申告書一式は国税庁HPからダウンロードすることができ、基本となる申告書の他に、必要に応じて各特例の計算書を使用します。
なお、小規模宅地の特例を使う場合には「小規模宅地等についての課税価格の計算明細書」を記入します。
申告書の他には、相続人を確定させるための戸籍や遺産分割協議書、各相続人の印鑑証明書、マイナンバーカードなどを添付しますが、各申告者の事情に応じて添付する書類は異なります。
相続税申告については所得税の確定申告等と比べると複雑で、なかなか個人が自分で行うことは困難といえる上に申告後の税務調査で申告漏れが指摘される割合も高いものになっています。
申告漏れ、ミスがあった場合に1千万円を超える追徴をされた事例もありますので、極力相続税申告経験がある税理士に依頼することをおすすめします。
注意点
小規模宅地の特例を適用したい場合には、原則として「遺産分割協議が終わっていなくてはならない」という点に注意が必要です。
実際、死亡の翌日から10ヶ月以内に遺産分割協議をまとめて申告、納税をするというのは、相続財産や相続人が多いケースではかなり厳しいスケジュールです。
ある人が亡くなると、通常遺族は通夜、葬儀、49日法要といった各種行事のためかなり忙しくなりますから、2ヶ月や3ヶ月はあっという間に経過してしまいます。
そこから財産の内容を漏れなく確認・整理する、戸籍を収集する、相続人に連絡を取って相続財産の概要を説明し、遺産分割協議をする、協議の内容を決定して申告書を作成する、申告を行い現金で納税する、ここまでを10ヶ月以内にこなさなくてはならないのです。
仮に申告期限を過ぎてから申告した場合でも、小規模宅地の特例の要件を満たしていれば適用を受けること自体はできますが、申告が遅れれば遅れるほど「延滞税」など、余分な負担が生じてしまうのです。
もし、申告期限までに「遺産分割協議がまとまらない」ケースではどうしたらよいのでしょうか。
その場合は仮に「法定相続分(民法で定められた相続分)で相続した」として納税することになりますが、いったんその分の納税資金を現金で準備しなくてはならないため、相続人の負担が大きくなります。
申告期限後3年以内に遺産分割ができる見通しが立つのであれば「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておく方法もあり、その場合は申告期限から3年以内に未分割の財産が分割されれば小規模宅地の特例を遡って受けることもできます。
適用要件の理解が重要
小規模宅地の特例を利用するためには、最初に「要件にあてはまっているかどうか」をしっかりチェックしておくことが大切です。
繰り返しますがあくまでこの制度の趣旨は「被相続人や親族が居住用や事業用として使っていた宅地を手放さずに済むように」ということですので、ここから外れた用途や過大な面積については特例の対象にはならないのです。
下記のポイントは必ず確認しましょう。
・誰が住んでいたのか
・使用目的は何だったか
・面積はどのくらいか
・相続後の取得者、利用状況はどうなっているか
これらを上に解説した適用要件の表に照らして適用可能と判断しても、念のため税理士に相談し判断を仰ぐ方が賢明です。
相続税の計算ミスや特例適用の可否は、場合によっては数百万~数千万円単位で税額を左右しますから、くれぐれも気をつけて申告に臨まなくてはなりません。
まとめ
・被相続人や生計を一つにする親族が居住や事業に使っていた宅地は、適用要件を満たせば最大80%評価を減額できる「小規模宅地等の評価減の特例」という制度がある。
・小規模宅地等の評価減の特例を使えば税額が0になる場合でも、相続税申告を期限内に行わなくてはならないため、それまでに遺産分割協議を終えることが原則で、まとまらなければいったん法定相続分で相続したものとして納税しなくてはならなくなる。
・小規模宅地等の評価減の特例を適用するには要件にあてはまるかどうかの判断を間違えると税額が大きく変わることがあるため、あらかじめ税理士に相談することが望ましい。