昭和くらいの時代までのマイホームの取得方法としては「夫が1人で住宅ローンを組み、家を買ったら夫の単独名義」というパターンが多数派でしたが、近年は住宅取得の事情も大きく変わりました。
夫の収入が伸びないことにより1人の稼ぎのみでの住宅取得が難しくなり、共働き世帯が増加しました。
それに伴い「夫婦で連帯債務にするなど共同で住宅ローンを組み、共有名義にする」ケースが非常に増えてきたのです。
しかし、ここには大きな問題があります。
夫婦がうまくいっているうちは良いのですが、何らかの事情で「離婚」を考えるようになった時に、共有名義の住宅、そして住宅ローンをどう処理するのかはかなり複雑な問題です。
では、ローンのタイプと、タイプ別に見た「離婚に際しての共有名義不動産の処理方法、例の一つとして夫が共有の住宅ローンや権利の関係から離脱することができるのかどうか?」を考えてみましょう。
目次
ペアローン
ペアローンというのは
「夫も妻もそれぞれに債務者となって借入れをし(つまり2つの金銭消費貸借契約)、お互いに連帯保証人になる。金融機関は購入物件に同順位で2本の抵当権を設定する。」
このようなスタイルの借入れです。
一般的には借入れ金額に応じて持分を設定した「共有名義」となります。
ペアローンにした場合、それぞれの借入れに独立性がありますので
「夫婦どちらも団体信用生命保険(団信)に加入する必要がある」
「夫婦どちらも住宅ローン減税を受けることができる」
といった特色があります。
ただ、ペアローンにおいては、コストの面で若干問題があります。
それは「諸費用」と呼ばれるものです。
たとえば金融機関へのローン契約事務手数料や登記費用などですが、これらが抵当権2本分かかってきます。
やはり1本で設定するより全体として割高になるため、あらかじめこれらを試算することも忘れないようにしたいものです。
連帯債務
連帯債務とは、
「夫か妻、どちらかが主債務者となり(1つの金銭消費貸借契約)、残りの一方が連帯債務者となる。金融機関は購入物件に抵当権1本のみを設定する。」
このようなスタイルの借入れです。
連帯債務にした場合、若干ややこしいのですが、法的に見ると完全に両者は対等な立場ということになります(それぞれが5000万円の債務を負っています)が、金融機関に対しては「夫と妻、どちらが主たる債務者になるか」を決めます。
連帯債務の住宅ローンでは、
「夫婦どちらも団体信用生命保険(団信)に加入できる金融機関もある」
「夫婦どちらも住宅ローン減税を受けることができる」
といった特色があります。
実際には主たる債務者の口座から返済金は引き落とされるものの、夫婦間で決めた「負担割合」通りに出資しなくてはなりません(これと異なる割合で出資されていたら税務上「みなし贈与」となり贈与税が発生する可能性があります)。
また、共有名義にする場合の持分も、ローンの負担割合に応じて決めなくてはならないことに注意が必要です。
連帯保証
連帯保証とは、
「夫か妻、どちらかが主債務者となり(1つの金銭消費貸借契約)、残りの一方が連帯保証人となる。金融機関は購入物件に抵当権1本のみを設定する。」
このようなスタイルの借入れです。
連帯保証人がいる場合、法的な立場としては
「債権者は主債務者と連帯保証人のどちらに先に請求してもよい。連帯保証人は主債務者から先に請求してくれとは言えない。」という建前になりますが、現実的には主たる債務者に弁済してもらえない時に連帯保証人に請求するのが通常です。
要するに、連帯保証人は上記二種類のように「自分も一緒に返済していかなければならない」というより、いざという時にだけ責任を負う「従属的な立場」であることがわかります。
とは言え、いったん連帯保証人になってしまえば自分の意思で勝手に離脱したりすることはできませんのでその責任は非常に重いことも覚えておかなくてはなりません。
夫婦どちらかが主債務者になり、もう片方が連帯保証人となる住宅ローンでは、
「主債務者のみが団体信用生命保険(団信)に加入できる」
「主債務者のみが住宅ローン減税を受けることができる」
といった特色があります。
なお、妻が頭金を出資しているような場合など、共有名義になることもあります。
住宅ローンタイプ別の特色の比較
では、それぞれのタイプを比較してみましょう。
下表では連帯債務と連帯保証については夫が主たる債務者になることを想定していますが、もちろん収入などの事情で逆になることもあり得ます。
住宅ローン | 団体信用生命保険 | 住宅ローン控除 | 共有持分 | |
ペアローン
(ローン契約と抵当権が2本) |
夫(債務者) | 加入できる | 受けられる | ある |
妻(債務者) | 加入できる | 受けられる | ある | |
連帯債務
(ローン契約と抵当権が1本) |
夫(主債務者) | 加入できる | 受けられる | ある |
妻(連帯債務者) | 金融機関による | 受けられる | ある | |
連帯保証
(ローン契約と抵当権が1本) |
夫(主債務者) | 加入できる | 受けられる | ある |
妻(連帯保証人) | 加入できない | 受けられない | ない(※) |
※妻が頭金を出した場合など、共有名義にするべきケースもある。
離婚や別居時に自身の持分だけ売却するとどうなるのか?
では、上記のように「夫婦が協力してマイホーム購入したケースで、万一離婚などする場合に不動産をどう処理したら良いか?」を考えてみましょう。
設例・住宅ローンはもともと5000万円を借入れていた。残債務は現在3000万円ある。
夫が出て行って妻と子供が住み続けている。
夫は物件全体、あるいは自分の持分のみを売却してローンから離脱することができるか?
ペアローンの場合
例えば、夫が離婚してこの住宅の権利関係から離脱しようと考え、自分のローン(半々で借りていた場合は1500万円)をすべて返済したとしましょう。
その場合、上記の図の1番(あ)抵当権を抹消することは可能ですが、完全にこの不動産の関係から抜けることはできません。
※なお、不動産登記法の規定上は、夫と金融機関のみが関与して1番(あ)抵当権抹消をすることもできますが、登記に司法書士が介入する場合は物件の共有者である妻の意思確認もされること が多いでしょう。
夫は妻の借入れした金銭消費貸借の連帯保証人であることには変わりなく、いまだに残っている1番(い)抵当権については物件全体に及んでいます。
仮に、夫が2分の1の持分を売却できたとしても(一般人で買い受ける人はまずいませんが)、買受人の持分も含め、いまだに1番(い)抵当権の効力が物件全体に及んでしまっています。
万一、妻がその後自分の債務を滞納すれば物件全体を競売にかけられてしまうリスクがあるため、両方の抵当権が消えない状態で売却することは不可能なのです。
また、離婚という事情があるにせよ、妻のローンが終わっていない状態で物件の一部を無断で売却することは金融機関との「金銭消費貸借契約(ローン契約)違反」となることも考えられます。
通常、ローン契約では「所有者を変える場合には金融機関の承諾が必要」となっており、それに反して勝手に売却すると「期限の利益(分割払いができる利益)を失い、残債務を一括請求」という条項があります。
どうしても不動産と債権の関係から離脱したいのであれば妻と共に「残債務全部を返済して物件全体を売却する」しかないでしょう。
なお、物件の売却価格で残債務すべてを返済しきれないこともしばしばあります(=オーバーローン)。
そのような場合は残債務を「無担保債務」として夫婦それぞれに返済していくことになります。
返済できないのであればその他の資産と債務の状況によっては債務整理などを検討する必要が出てきます。
これが夫と妻を逆にして「妻が不動産と債権の関係から離脱したい場合」ももちろん同じことです。
連帯債務の場合
連帯債務の場合、離婚に際して夫が自分の分だけ返済したとしても抵当権を消すことはできません。
よって、上記と同様、夫が持分だけ売却したとしても買受人の持分に抵当権が残ってしまう(効力が及んでしまう)ため、売却は不可能となります。
では、夫が妻の負担部分を払ってローンさえ消せばいいのかと言えばそうではなく、また別の問題が起こってきます。
仮に妻の分まで夫が手持ち資金で返済したとすると、抵当権を消すこと自体はできますが、妻の返済分を肩代わりしたことが税法上の「みなし贈与」となってしまう(=妻に贈与税が課せられる)リスクがあります。
ローンが払い続けられる限りは妻子が住み続けていても問題ありませんが、夫のローンが滞ればこの抵当権に基づいて最終的に競売になってしまうので出ていかなければならなくなります。
よって、安易に「離婚時に夫がちゃんとローンは払うと約束したから」という事情で住み続けるのはリスクを伴うということを、妻側も理解しておかなくてはなりません。
連帯保証の場合
夫が主債務者、妻が連帯保証人で所有権についても夫単有なのであれば、夫は手持ち資金あるいは売却代金で返済し、抵当権を消すことができさえすれば全体を売却してこの不動産と債権の関係から離脱することができます。
もし全体を第三者に売却されてしまえば妻子も出ていかなくてはならなくなります。
ただし、夫が主債務者であっても妻が共有持分を持つこともあります(頭金を出している場合など)。
そのような場合は夫が仮に自分の債務を返済したとしても、抵当権抹消登記を司法書士に依頼する場合は「登記権利者」になる妻への意思確認を求められた場合に妻の協力が要ることになります。
妻の協力が得られ、抵当権さえ抹消することができれば夫は持分だけの売却も可能になりますが、上記のように一般人で持分だけ買いたいという人はまずいませんので「特殊物件を取り扱う専門不動産業者」への売却となるでしょう。
もし売ることができた場合、共有名義に業者が入ってくるため、物件を使用収益する権利は業者にも発生します。
そうなった場合は妻子が住み続けていたとしても共有物を分割する旨の交渉(平たく言えば共有持分を譲り渡してほしいとの交渉)を持ちかけられ、最終的に出ていくことを余儀なくされる場合もあるということです。
離婚時に残債があってもリスクなく自身の持分だけ売る方法はないの?
上記のように残債務がある場合はいずれのケースでも自身の持分だけを売ることは非常に難しいと考えられます。
仮に、夫が持分だけの売却価格でローン残額をすべて返済できる場合でも、ペアローンや連帯債務のように妻が負担すべき部分があるのであれば、それを夫が返済してしまうとみなし贈与となり「贈与税」の問題が出てきます。
また、妻が共有名義を持つ権利者であれば、抵当権抹消の際に妻の意思確認を求められることがあります。
繰り返しになりますが、抵当権抹消登記は片方の共有者が「申請人」として抹消することができるものの、司法書士が関与した場合は、妻を全く無視して抹消してしまった際のトラブルを恐れて断られることもあるでしょう。
いずれにせよ、共有名義がある以上はノーリスクで持分のみ売却し、権利関係から離脱するのは難しいと考えておく方が良いと思われます。
以下も参考にして下さい。


まとめ
・夫婦で協力して物件を購入する場合、ペアローンや連帯債務では両者ともローン返済をしていくことになるが、連帯保証では主たる債務者が返済していくことになり、返済できなかった場合に連帯保証人に請求がいくのが通常である。
・ペアローンでも連帯債務でも、離婚に際して片方当事者が自分の分だけ返済して共有名義の権利関係および住宅ローンの権利関係から離脱する、つまり自分の持分だけ売却するのは難しい。
・連帯保証で共有名義の場合は主たる債務者が全額返済し、抵当権さえ消すことができれば持分のみの売却もできるが、持分のみだと一般には買い受ける人がいないので特殊物件専門業者への売却となる。