家族信託とは
では、まず家族信託の概要を見てみましょう。
概要
家族信託とは、ある人(委託者)がまだ意識のしっかりしている元気なうちに、自分の家族の中で信頼できる人(受託者)を選んでその人に財産管理や処分を託す制度です。
そして、財産を管理運用した対価を受け取る人(受益者)を決めることができます。
信託というと銀行をイメージする人もいるでしょうが、信託銀行が行う信託は財産管理というより資産運用ですので、必ずしも本人の希望や意向にぴったり沿う形にはならないこともあります。
なお「家族信託でいう家族とはどこまでの範囲を指すのか?」ということですが、これは「何親等内でなくてはならない」という制限はありません。
従兄弟のように少し遠い関係でも、内縁の妻などでも良いということです。
家族信託の活用が考えられるケース
では、このように「信頼できる家族を指定し、自分の財産を運用や処分してもらう」仕組みはどのような場面で活用できるのでしょうか。
認知症対策
家族信託の活用が一番想定しやすいケースは「親が認知症になってしまった場合」ではないでしょうか。
人間の寿命はどんどん長くなっています。
そこにはもちろん良いことばかりではなく「肉体的には長生きできるものの、自分でしっかりと財産管理できる判断力を維持できない」といった問題も発生します。
老後は認知症が発生する不安も少なくありませんが「判断力が低下した時に、信頼できる人に財産の管理を任せられる」制度があれば大きな安心につながります。
後述しますが、一見似ている「成年後見制度」とは異なる、家族信託ならではのメリットもあります。
「成年後見制度」については以下にもまとめています。

数次相続対策
相続させる相手を指定したい時によく使われるのが「遺言書」ですが、遺言書は自己の財産についての直接的な行き先(一次相続)についてしか指定することができません。
つまり、その行き先である人物が死亡した時の「次の行き先(二次相続)」について指定することはできないのです。
しかし、家族信託であれば、たとえば自分の配偶者を自分に続く受益者とし、その次の受益者を子供にするといったことも可能です(後継ぎ遺贈型連続信託)。
共有対策
親が持っていた不動産が相続により共有になってしまうというのは珍しくないことです。
不動産以外に目ぼしい財産がなかったり、遺産の分け方がうまく決められなかったために共有にせざるを得ないこともあるからです。
ただ、不動産を共有にした状態ではしばしば問題が起こります。
例えば、投資用不動産における問題はこのようなものです。
・共有持分を持つ者の中で誰か1人が管理、運用を担当していてもその人が認知症になったらどうするのか
・共有持分を持つ者同士で運用に対する意見が合わなかったらどうするのか
共有不動産の基本は以下をご覧ください。

こういった場合であっても、共有者以外の親族の中から信頼できる人を信託の受託者として設定し、その人に運用を任せ、受益者を共有者全員にして運用益などを受け取れるようにしておけるのが家族信託の強みです。

家族信託の当事者
ここまでの説明でも登場した信託の当事者、役割を確認してみましょう。
主な関係者は「委託者・受託者・受益者」
家族信託では
「委託者(自分の財産の全部または一部をその目的に沿って管理、処分させる者)」
「受託者(引き受けた財産の管理や処分をする者)」
「受益者(信託財産が生み出した成果や処分の対価を受け取る者)」
というそれぞれの立場があります。
なお、「委託者と受益者が同一」のように、必ずしも当事者が三者ではないパターンもありえます。
下に解説しますが、他の類似の制度に比べても家族信託は比較的柔軟性が高く、使いやすい仕組みになっています。
成年後見制度との違い
老後の財産管理を任せる制度として家族信託と似たものに「成年後見制度」があります。
成年後見とは、判断力が低下した人について保護の必要が出てきた時に一定範囲の申立権者が裁判所に「成年後見申立」を行い、裁判所が親族や法律家、社会福祉士などを「成年後見人」として選任することにより成立します。
成年後見制度
成年後見制度(特に「法定後見」)で法律家などの他人が介入するのは主に「本人の財産が不当に侵害されないようにすること」が目的ですが、現在の状況ではいくつもの使いにくさ、問題点が指摘されています。
・本人の判断力が低下してからの申立てを想定した制度であるため、本人の意向が反映されるとは限らない。
・いったん成年後見人がつくと、目的である行為(遺産分割協議など)が終わったとしても、原則として判断能力が低下した本人(被後見人)が死亡するまで成年後見を終了できない。
・成年後見制度の趣旨は、被後見人の財産を保護することにあるため、成年後見人は自分の判断だけで自由に被後見人の財産を管理することはできず、少額財産以外は家庭裁判所の監督下に置かれる。特に居住用不動産の売買については許可が必要など厳しくなっている。
・成年後見人は家庭裁判所への報告書等提出義務があり、事務作業等の負担がかかる。
・専門家後見人が就任した場合は被後見人の財産に応じた報酬を払い続けなくてはならない。
こうした点から、必要性があっても利用にあたり二の足を踏む人が多いのも事実です。
家族信託
成年後見には現状では使いづらさ、融通の利かなさといったデメリットがありますが、家族信託では比較的柔軟性があるためそのようなデメリットがありません。
委託者が自分の希望で財産管理の方法を定めることができるため、その目的、意向の沿ってさえいれば受託者は財産をある程度自由に処分できることになります。
家族信託のメリット
家族信託のメリットを整理してみましょう。
委託者の体調や判断能力に左右されない
子供であれば親名義の財産はどのような場合も代理できると考えている人がいるのですが、本人確認制度が厳しくなっている昨今、それは難しいと考えなくてはなりません。
通常、何もしないでおくと判断能力を失った人は銀行の窓口でお金をおろしたり不動産を売却したりできませんし、仮に子供が「代理人です」と名乗っても代理権限を証する委任状などに「判断能力のある親」が押印していなければ手続きはできません。
(勝手に押印すれば最悪の場合は私文書偽造等の罪に問われます)
その点、家族信託では財産の所有者である委託者自身が体調不良、認知症などで判断が難しい場合でも受託者の判断によって財産管理や処分ができるため、特に委託者が高齢の場合には大変便利な制度です。
委託者の思い通りに財産の承継・事業継承できる
上述の通り、成年後見制度では本人の判断能力が落ちてからの後見人選任となるため、必ずしも本人が希望した人に成年後見人になってもらえるわけではありませんし、管理行為の内容自体も家庭裁判所の判断に委ねられる面があります。
しかし家族信託では委託者が自分の希望した範囲の財産を、自分が信用できる受託者に委ねることができますし、自分が死亡した後の財産管理方法まで指定できます。
家族信託のデメリット
では、逆にデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
人間関係のトラブル
「受託者を誰にするのか?」は、この制度を利用するメリットを最大限受けられるかどうかの大事なポイントになります。
任せられる親族がいるのであればぜひ利用したい制度ですが、あまり信頼関係がない親族に無理に頼んでしまうと、受託者の管理方法が適切かどうかをめぐって親族間でトラブルが起こる危険もあります。
そのような場合、むしろ報酬を支払ってでも専門家の成年後見人をつけた方がよいこともあるでしょう。
また、家族信託の受託者が行うのは財産管理のみであり、身上監護を含まないことにも注意しなくてはなりません。
税務申告の手間が増す
信託契約の期間中は受託者が税務署に毎年「信託の計算書」「信託の計算書合計表」を提出しなくてはならないため、通常の確定申告よりも手間がかかることになります。
損益通算ができない
損益通算とは「利益が出ているが損失もある場合、所得から損失分を差し引けるためその分税額が少なくなる」という制度です。
「信託以外の」不動産で所得がある場合、「信託以外の」費用でのマイナスを差し引くことはできますが「信託財産での」マイナスを差し引くことはできません。
専門家が少ない
現状、家族信託については法律家などの専門家でも取り扱っている人がまだ少なく、制度の細かい部分などでアドバイスをしてくれる人を見つけることが難しい面があります。
両親の同意を得ることが難しい
子供が親の財産管理を心配して家族信託の利用をすすめても、特に保守的な親の場合は比較的新しい制度に抵抗感を示して使いたがらないことも考えられます。
子供自身が制度の内容をよく理解した上で根気強く説明することが必要です。
共有持分を家族信託する具体例
では、不動産の共有持分を持つ人が家族信託を利用する場合、どのように設定すればよいのでしょうか。
例
こちらは不動産が相続により二者共有になっている例です。
AとBは親から相続した不動産を共有しているが二人とも高齢のため、Aの子供Cに受託者として管理を委託することにしたというものです。
信託を設定しなければ不動産に関する重要な処分等は共有者AとBが合意して決めなければなりませんが、信託を設定しておけばより若い世代で判断力の高い「Aの子供C」に委託することができます。
そして、AとBの死亡後は受益権をその相続人に引き継がせることもできます。
買取業者への相談もおすすめ
共有持分を持っている人は家族信託を利用することで現状を維持しやすくすることもありますが、家族信託のデメリットで説明したように、適切な受託者が見つからないといった問題が出てくることもあります。
つまり、無理して共有持分を維持することにこだわるよりも、売却して共有関係を解消する方がよいケースもあるのです。
自身の持分は単独で売却が可能
不動産全体を売却しようとすると共有者全員の同意が必要になります。
しかし共有持分のみしか持っていない人でも、自身の持分のみであれば自分だけの判断で売却することができるのです。
共有持分のみを一般の人に買い取ってもらうのはまず無理ですが、このような物件を専門に取り扱う不動産業者であれば買い取りしてもらえることがあります。
手間や負担を被ることなく売却できる
共有持分のみの売却というのは、全体を売却した時の価格×持分よりもかなり低い金額になってしまうことが多くなります。
しかし、自分の持分を買い取ってもらうために他の共有者と交渉したり、無理に共有状態を続けて煩わしい状況に巻き込まれるよりもはるかにメリットがあるケースもあります。
現在の共有状態に何らかの不満や不安を抱えている方は、早期に共有状態から抜け出すために業者への売却を選択肢の1つに入れてみることをおすすめします。
まとめ
・家族信託とは、信頼できる家族を受託者として自身の財産を管理してもらう方法である。
・家族信託は成年後見とは異なり、判断能力があるうちから自分自身で財産の管理者や管理方法を決めることができるなどいくつものメリットがある。
・共有不動産を上手に活用する方法としても家族信託は使い勝手が良いが、良い受託者が見つからないなどの問題点もあるため、状況によっては共有持分のみを買い取ってくれる不動産業者に売る方がよいこともある。