事故物件とは主に心理的瑕疵のある不動産
一般に、本来の機能や性能が備わっておらず、欠陥・不具合があることを瑕疵(かし)といい、広義の事故物件とは、不動産に何らかの瑕疵がある状態のことです。
法律上で事故物件の定義があるわけではなく、不動産における瑕疵は次の4種類に分類されます。
心理的瑕疵 | 人が亡くなったことで不安や嫌悪感を抱かせる状態 |
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物理的瑕疵 | 雨漏りやシロアリ被害のように物理的な欠陥がある状態 |
法的瑕疵 | 現行の法令等で求められる規制を満たしていない状態 |
環境的瑕疵 | 騒音、異臭などの他、周辺に不快感のある施設がある状態 |
ただし、どれだけ堅牢な建物も経年劣化で必ず不具合は出てきますし、新築物件ですら手抜き工事で不具合が見つかることもあるでしょう。
また、近くに騒音を出す工場ができたら、その周辺は全て事故物件なのでしょうか? 違いますよね。
したがって、事故物件というのは範囲も定まっていないのですが、狭義には心理的瑕疵のある不動産が事故物件と呼ばれ、この記事でも心理的瑕疵について解説していきます。
心理的瑕疵とは内心にある感じ方
人が亡くなったからといって、住宅が持つ物理的な機能・性能は変わりません。
とはいえ、住宅は住むことを前提にした不動産なので、通常得られるはずの住み心地が、人の死によって悪くなってしまうのであれば、それは欠陥の一種として瑕疵になると考えられています。
ところが、人が亡くなった不動産を、買主・借主がどう感じるかは個人差がありますから、ある人には平気(瑕疵がない)でも、他の人は絶対に契約しない(瑕疵がある)という状況が出てきます。
心理的瑕疵があると主張する買主・借主の言い分を、売主・貸主が一方的に受け入れてしまうと、取引の公平性が保たれないので、心理的瑕疵の存否は裁判で争われることも多いです。
判例における心理的瑕疵の判断基準
過去の判例においては、単に居住を好まないだけでは足りず、通常一般人においても住み心地の良さを欠くと感じる程度、つまり客観的な住み心地の欠如を基準に心理的瑕疵を認めています。
また、人の死が自他殺等の人為的な行為によってもたらされた場合、心理的嫌悪感を抱くのが通常ともされていますので、ある程度の傾向があるのは確かです。
実際に、弊社が独自に行った「心理的瑕疵物件に住むことへの抵抗感」のアンケート調査では、85.8%の人が「抵抗がある」と答えています。
「とても抵抗がある」「やや抵抗がある」と答えた人が85.8%で多数。
しかしながら、最終的な心理的瑕疵の認定は、各事案の背景・経過年数などによって判断され、判例においても今のところ統一的な基準は存在しません。
死因別の心理的瑕疵と告知義務
ところで、不動産会社の業務に関しては、相手方の判断に重要な影響を及ぼす事柄において、宅地建物取引業法で告知が義務付けられています。
心理的瑕疵に該当すると思われる人の死は、買主・借主の判断に重要な影響を及ぼすため、不動産会社から告知しなければなりませんが、説明してきたように心理的瑕疵には個人差があり、嫌な人にとってはどんな死因でも心理的瑕疵です。
そうすると、敏感な買主・借主に対して、過去に起こった全ての人の死を告げなくてはならず、これは明らかに社会通念・一般常識に反するばかりか、現実的に完全な調査は無理です。
例えば、合戦跡地の住宅地全てに心理的瑕疵があると考える人はいませんし、大規模災害で死者が多く出たら、その地域全体に心理的瑕疵があると考える人もいませんよね。
ですから、不動産会社の告知義務には、国土交通省からガイドラインが公表されており、事故物件の基準として参考になる見解が数多く示されています。
参照元:宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン
視点を変えると、告知義務がある人の死は、客観的にも心理的瑕疵の可能性を否定できないことになりますので、ガイドラインは一つの目安になるでしょう。
注意したいのは、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は、死因にかかわらず常に告知が必要とされている点です。
老衰や病気による自然死
2020年人口動態調査によると、自宅で亡くなった人は216,103人いましたが、そのうち外因死(事故死・自殺・他殺など老衰や病気が原因ではない死)を除いた死者数は199,411人でした。
これは、死者数全体1,372,755人の14.52%を占めており、7人に1人が自宅で自然死しているくらい、自然死は一般的なことです(本記事では老衰・病気による死亡を自然死としています)。
したがって、自然死は原則として告知しなくてよいとされています。
もちろん、買主・借主の主観では不安を感じる人がいるかもしれませんが、客観的には自然死に心理的瑕疵は認められないということです。
発見が遅れた孤独死には告知義務がある
誰にも看取られることなく亡くなってしまう孤独死では、発見が遅れることで遺体の腐敗が進み、除菌や消臭などのいわゆる特殊清掃が必要になります。
ガイドラインでは、「買主・借主が契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があるものと考えられる」として、特殊清掃を行った場合には、賃貸借で原則3年間の告知、売買は常に告知が必要です。
実際のところ、特殊清掃は遺体の損傷が激しかったことを推測させますので、後から知った場合に、嫌な気持ちになる人は多いでしょう。
不慮の事故死
不慮の事故死とは、日常生活で起こり得る次のような原因による死です。
- 転倒して打ち所が悪かった
- 階段で足を踏み外し転落した
- 浴室で転倒・浴槽内で溺れた
- 食事中に喉を詰まらせた
- 部屋の気温差でヒートショックが起きたなど
これらの原因で起こる事故死は、自然死と比べて数は少ないですが、生活していれば当然に予想されるのであり、原則として告知しなくてよいとされています。
ただし、事故死でも発見が遅れて特殊清掃が行われた場合は、自然死と同様に告知が必要です。
自殺
自殺者の多くは、精神疾患を抱えていると言われていますが(治療を受けていない人も多い)、自発的な行為として病死とは区別して考えられています。
その方法を問わず、一般に自殺があった事実には嫌悪感がありますので、賃貸借は原則3年間の告知、売買は常に告知が必要です。
なお、著名人を除くと自殺がニュースになることは少ないとしても、近隣住民には知られているのが通常です。周知性が特に高いと、賃貸借で3年経過後も告知が必要なことに注意してください。
搬送先で亡くなった場合
自殺を試みたのが建物内、搬送された病院で亡くなったケースはどうなるのでしょうか?
売買の1年11か月前に睡眠薬自殺をはかり、約2週間後に亡くなった事案で、極めて軽微としながらも瑕疵に該当するとした判例があります(東京地裁平成21年6月26日)。
搬送先で亡くなっても、建物内で自殺をはかった印象が強く残りますから、ガイドラインでは触れていませんが、告知すべきと理解したほうが良さそうです。
他殺(殺人事件)
どのような殺人事件でも、ニュースで広く知られるだけではなく、重大な犯罪が起きたショックは、人々の記憶から風化するのを遅らせます。殺人事件に嫌悪感が強いのは当たり前の心情でしょう。
ガイドラインでは他殺を特別視しておらず、告知の必要がない自然死・事故死以外に分類しています。
したがって、他殺でも賃貸借で原則3年間の告知、売買は常に告知となります。ただし、殺人事件は事件性、周知性、社会的影響がいずれも高いため、経過期間と無関係に告知すべきケースのほうが多いと考えられます。
火災による死亡
火災による死亡は、失火なら事故死、放火なら殺人になるところ、特に区別はされておらず、ガイドラインでも告知の必要がない自然死・事故死以外に分類されています。
死因の多くは一酸化炭素中毒ですが、印象としては焼死を想像させるのも、火災による死亡の特徴です。
ガイドラインでは、告知が必要な他の死因と同じく賃貸借で原則3年間の告知、売買は常に告知ですが、火災はニュースで知られ、殺人事件ほどではなくても近隣住民の記憶に長く残りますので、特に放火は告知が必要だと判断されるケースが多いと思われます。
死亡場所別の心理的瑕疵と告知義務
死亡場所との関係では、心理的瑕疵・告知義務を死亡した場所に特定するのが基本です。
心理的瑕疵が認められる、あるいは告知義務がある死因なら、居住用の室内(マンションでの専有部分)は当然に心理的瑕疵・告知義務があるとして、問題は共用部分を持つ集合住宅です。
亡くなったのがどの場所でも、事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は、告知義務があることに注意してください。
別の部屋・別の階
ガイドラインでは、告知を必要とする死因に対し、隣接住戸で起こったものは原則として告知しなくてよいとされています。よって、別の部屋や別の階に対しては、原則告知の必要がありません。
もっとも、別の部屋・別の階まで心理的瑕疵を認めると、どの部屋にも瑕疵が存在して、一棟まるごと事故物件になってしまいますから、そのように考える買主・借主は少ないと思われます。
マンションのベランダ・バルコニー・テラス
各部屋の居住者が独占的に使用し、専有部分ではなくとも専用使用できるベランダ・バルコニー・テラスは、賃貸借で原則3年間の告知、売買は常に告知です。
ベランダにおいては、屋根が上階の床、床が下階の屋根になりますが、たとえ構造上一体であっても、常識的に上下階まで心理的瑕疵が及ぶとは考えられません。
日常生活で使用する共用部分
日常生活で使用する共用部分には、階段、廊下、玄関ホール、エレベーターなどが該当します。
これらの共用部分は、毎日使うたびに人の死を想起してしまうことで、住み心地に影響することを避けられず、賃貸借で原則3年間の告知、売買は常に告知です。
日常生活で使用しない共用部分
ガイドラインでは、告知を必要とする死因に対し、買主・借主が日常生活で通常使用しない共用部分で起こったものは原則として告知しなくてよいとされています。
実際、マンションに長く住んでいて入ったことのない設備室など、住民すら日常生活で気にも留めない共用部分については、告知がなくても住み心地への影響は小さいでしょう。
告知義務がなくなれば事故物件ではなくなる?
告知義務がなくなると、事故物件ではなくなるように思えますがそう単純ではありません。
告知が必要な不動産でも、賃貸借では3年経過後に原則告知しなくて良くなりますが、告知がされないだけで人の死があった事実は変わらず、気にする買主・借主にとっては永遠に事故物件です。
ガイドラインは、死因や経過期間にかかわらず、買主・借主からの問い合わせがあった場合に、不動産会社から告知する必要があるとしています。
ただし、不動産会社に積極的な調査までは求められておらず、売主・貸主・管理業者から得られない情報まで告知する義務はありません(買主・借主から問い合わせがない場合の告知も同様)。
時間経過で風化しようとしている心理的瑕疵を呼び起こし、遺族のプライバシーや生活の平穏を侵害してまで、買主・借主からの問い合わせに応じる必要性は乏しいでしょう。
まとめ
国土交通省のガイドラインが公表されたことで、人の死を告知しなくてよい基準は示されましたが、事故物件の基準そのものではなく、基準は買主・借主の心の中に存在します。
どうしても心配な買主・借主は、不動産会社への問い合わせ、インターネットで調べるなど、自分で可能な方法はしておくべきです。
逆の立場である売主・貸主は、どのような死因・場所でも必ず不動産会社に知らせておくことで、契約解除や損害賠償請求のトラブルを未然に防ぐことができます。
今後、判例の蓄積によって、より明確にルール化されるのかもしれませんが、告知義務においても事故物件においても、まだまだ基準は確立されていないのが現状です。